くり返す「幼児虐待事件」―誰もが残忍な事件を起こす可能性があることを認識すべきである―
「万緑の中や吾子の歯生え初むる」中村草田男の有名な句です。辺り一面、緑に覆われた夏の溢れるような生命力と、自ら抱き上げた吾子に生え始めた歯に、“吾子の愛おしさ”と“命の尊さ”が凝集されています。
昨年3月、東京都目黒区で当時5歳の女児が両親から虐待を受けて死亡したとされる事件で、保護責任者遺棄致死罪に問われた母親の裁判員裁判が注目されています。この裁判で、死亡した女児の義父(実母の再婚相手)の女児に対する暴行を実母が止められなかったことが判っています。最近も鹿児島県で4歳の女児が、実母の交際相手からの暴力で死亡したという類似の虐待事件が報じられています。
京都大学霊長類研究所の杉山幸丸教授は大学院生当時に、インドのハヌマンラングールというサルの観察を報告しています(利己としての死 日高敏隆著 弘文堂 1989)。このサルは、オス1頭のボスが数頭のメスとその子を連れたハレムを作り生息しています。周辺にはハレムを作れない数頭のオスがたむろしてボスの地位を狙っており、何らかの理由でボスの地位が別のサルに奪われた時、新しいボスは前のボスの子どもを次々に噛み殺すという現象を観察しました。しかも、母親はその残虐行為に対して何の抵抗もせず、子を失ったメスは新しいボスと交尾し新たな子を儲けるのです。この現象は、母親が自ら産んだ子を守るのではなく、自分が新しいボスの子を産み、ハレムの中で安定した地位を築くことが重要であると解釈されています。
最も進化した霊長類といわれる我々ヒトも、「サルの仲間である」こと、「誰もが思わぬ残虐性を発揮してしまうことがあり得る」ことを、客観的に見つめ直す教育の機会を構築しなければならない時期であると考えます。